徐福の宮
今から約2200年前、秦の始皇帝の命により徐福は蓬菜山にあるといわれる不老不死の仙薬を求めて、500艘の船団を組み東方に向かって船出しました。途中台風に遭い徐福の船だけが、この地矢賀の里に流れ着いたと言われています。
帰国を断念した徐福は紀州への永住を決意し、やがて窯を設け、焼物を3人に教えたと言います。今も残る窯所、窯屋敷という地名はこのことを伝えています。